大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2930号 判決 1970年7月18日

原告

久保勇

ほか二名

被告

瀬川道雄

主文

一、被告は、原告久保勇に対し金四、六〇三円、原告久保文子に対し金一九七、〇〇〇円、原告久保比登美に対し金五〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四四年六月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告久保勇の負担とする。

四、この判決第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は、原告久保勇に対し金三二五、九五八円、原告久保文子に対し金一九七、八〇〇円、原告久保比登美に対し金一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対し訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は久保勇に対し昭和四四年六月一日以降昭和四七年一二月末日まで毎月末日金二〇、二四三円および右各金員に対する支払期日の翌日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、事故発生

次の交通事故により、訴外中村カヅエが死亡し、原告久保比登美および訴外久保崇は傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四三年六月一五日午後八時五〇分頃

(二)  発生地 大阪市南区北桃谷町三三番地

(三)  加害車 自家用乗用自動車(大阪五み一四八六号)

運転者 被告

(四)  態様

訴外中村カヅエが原告久保比登美を背負い、訴外久保崇の手を引いて本件事故現場道路を北から南へ横断中、被告運転の加害車に三名とも跳ねとばされたもの。

(五)  被告の内容

訴外中村カヅエは重傷を負い、翌々日の一七日死亡した。

訴外久保崇は頭部外傷第Ⅰ型の傷害。

原告久保比登美は頭部外傷第Ⅰ型、左足捻挫、左骨々折の傷害。

二、責任原因

被告は加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法第三条により、なお予備的に、被告は前方不注意、脇見運転の過夫により本件事故を発生させたものであるから、不法行為者として民法第七〇九条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  原告勇

1 療養関係費

(1) 治療費(北野病院分) 金七、六四〇円

(2) 同病院通院費 金一、七六〇円

(3) 治療費(大阪医科大学附属病院分) 金三、四八三円

(4) 同病院通院費 金二、四〇〇円

(5) 治療費(中島小児科医院分) 金一、三〇〇円

(6) 同病院通院費 金二〇〇円

以上はいずれも原告比登美が本件事故に基く治療のため要した費用で、父親である原告勇が出捐したもの。

2 使用人雇入れ費用 金一六一、九五〇円

訴外中村カヅエは原告勇の妻文子の母で、原告比登美、訴外久保崇の祖母にあたり、生前、幼少の比登美、崇の監護にあたつていたが、同人の死亡により、原告勇において、幼児の監護のため訴外松見を雇い入れ、昭和四三年一〇月一日より昭和四四年五月末日までの間、固定給、日曜出勤手当、退職準備積立金、時間外手当、期末手当等合計金二四一、九五〇円を支払つた。そして、右金員より従前訴外中村カヅエに支払つていた毎月金一〇、〇〇〇円の割合による金八〇、〇〇〇円を差し引くと、使用人雇入れによる損害金は金一六一、九五〇円となる。

3 将来の使用人雇入れ費用

右のとおり、幼児らの監護のため、訴外松見カネを雇つたが、同人に支払う給料は平均毎月金三〇、二四三円であり、これより前記の金一〇、〇〇〇円を差し引いた金二〇、二四三円が向後毎月ごとに損失となるので、昭和四四年六月一日以降昭和四七年一二月末日まで毎月末日限り、金二〇、二四三円の割合による幼児の監護のための雇入れ費用を必要とする。

4 弁護士費用

着手金 金四二、四二五円

報酬 金一一四、八〇〇円

(二)  原告文子

1 逸失利益 金一七二、〇〇〇円

同原告は、夫勇と共に、ビギンダンス教室なる名称でダンス教室を経営し、自からダンスの教師として稼働して少くとも一日金二、〇〇〇円の収入を得ていたところ、事故当時より昭和四三年九月三〇日までの間、合計八六日間就労できなかつたので、その間の得べかりし利益は金一七二、〇〇〇円となる。

2 弁護士費用

着手金 金八、六〇〇円

報酬金 金一七、二〇〇円

(三)  原告比登美

慰藉料 金一〇〇、〇〇〇円

同原告は、本件事故により前記の傷害を受け、事故当日より六月一七日まで三日間入院し、退院後同年八月一五日まで通院して、それぞれ治療を受けたが、長期間に亘つて頭痛に悩まされるなど、その肉体的、精神的苦痛は甚しく、これを慰藉する額は金一〇〇、〇〇〇円を下らない。

(四)  損害の填補

原告勇は、被告より金一〇、〇〇〇円の弁済を受けたので、これを前記(一)1の療養関係費の内金に充当した。

(五)、よつて、被告に対し、原告勇は、前記(一)1、2、4の合計額残金三二五、九五八円およびこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員ならびに昭和四四年六月一日以降昭和四七年一二月末日まで毎月末日限り同3記載の金二〇、二四三円およびこれに対する各支払期日以降完済まで年五分の割合による金員の原告文子は合計金一九七、八〇〇円、原告比登美は金一〇〇、〇〇〇円および右各金に対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員の、各支払を求める。

第四、請求の原因に対する答弁および抗弁

一、1 請求原因第一項(一)ないし(三)、(五)の各事実を認め、(四)のうち訴外久保崇を跳ねとばしたとの点を否認し、その余を認める。

2 同第二項中、被告が加害車の所有者であることを認めたが、被告が脇見運転をしていたとの点を否認し、その余は不知。

3 同第三項中、(四)の事実を認め、その余を争う。

二、原告勇は、訴外中村カヅエの死亡後、訴外松見かねを雇入れた費用を損害として請求するが、右は本件事故と因果関係がない。即ち、原告比登美や訴外崇の母親である原告文子がダンス教師として稼働していたので、原告文子が稼働中は、常に前記幼児らを監督する者が必要であつたが、訴外カヅエが右幼児らの祖母であつたことから、生前好意的に幼児らの子守をなしていたため、同訴外人の死亡前にはたまたま使用人雇入れ費用の出捐がなかつたにすぎない。従つて幼児の監護のための使用人雇入れ費用は本件事故による損害ということはできない。

三、抗弁

(一)  過失相殺

訴外中村カヅエは、事故当時七〇才の老令であつたが、原告比登美(二才)を背負い、訴外崇(五才)の手を引いて、折からの降雨のため傘をさして、夜間交通量の多い横断歩道外である本件事故現場を左右の安全を確認することなく横断しようとし、加害車の直前に出て来たもので、従つて、訴外カヅエに重大な過失があるから、仮に被告に賠償義務があるとしても、その額の算定について斟酌されなければならない。

(二)  損益相殺

訴外中村カヅエの死亡により同女の逸夫利益を含んで金三、〇〇〇、〇〇〇円の自賠責保険金が原告文子を含む訴外カヅエの相続人らに支払われたので、同女の死亡による損害は既に十分に填補されたものとみるべきである。

第五、抗弁に対する認否

被告主張の抗弁事実を否認する。訴外カヅエが傘をさしていたことはなく、横断歩道も本件現場の近くにはない。又原告文子が母カヅエの死亡により受領した金額は慰藉料金二〇〇、〇〇〇円にすぎない。

第六、証拠関係〔略〕

理由

第一、請求原因第一項中、(一)ないし(三)、(五)の事実および(四)のうち加害車が訴外久保崇を跳ねとばしたとの点を除きその余の事実、ならびに請求原因第二項中、被告が加害車の所有者である事実、はいずれも当事者間に争いがない。そして、被告は、本件において、加害車に対する運行の利益ないし支配を喪失していたとの特段の主張も立証もしないので、以上によれば、被告は加害車の運行供用者として、自賠法第三条により、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

第二、損害

一、原告勇

(一)  療養関係費

〔証拠略〕によれば、原告勇は、長女比登美の本件事故による受傷のため、治療費および通院交通費として、次の出捐をなしたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 北野病院治療費 金七、六四〇円

甲第三号証の一、二による。

(2) 同病院通院費 金六〇〇円

本件全証拠によるも同病院通院交通費が金一、七六〇円であつたと認めるに足りないが、〔証拠略〕によれば、同病院に三回通院し、その往復の交通費は一回金二〇〇円程度と推認するを相当とする。

(3) 大阪医科大学附属病院治療費 金三、四八三円

甲第三号証の三による。

(4) 同病院通院費 金一、三八〇円

〔証拠略〕によれば、同病院に三回通院し、タクシーを利用してその往復の交通費は一回金四六〇円であつたものと認められる。

(5) 中島小児科医院治療費 金一、三〇〇円

原告久保文子本人尋問の結果による。

(6) 同病院通院費 金二〇〇円

〔証拠略〕によれば、同病院に一回通院し、その往復の交通費は金二〇〇円であつた事実が認められる。

(7) 同原告が被告より金一〇、〇〇〇円の返済を受けた事実は当事者間に争いがないので、右は前記(1)ないし(6)の合計金一四、六〇三円の内金に充当されたものとみるべきである。

(二)  同原告は、訴外松見カネを幼児監護のための使用人として雇入れたのでこの費用を損害金として請求すると主張するので、考えてみることとする。

(1) 〔証拠略〕によれば、訴外松見カネは昭和四三年一〇月一日以降原告ら方に雇われ、家事手伝いと、原告ら方の幼児である比登美、崇両名の子守りの仕事に従事していること、原告勇においてその主張どおりの条件で給料を訴外松見に支払い、なお向後当分の間はその支払いを継続する必要のあること、右幼児らの子守りは従前は、原告文子の母である訴外亡中村カヅエがこれにあたつていたことがそれぞれ認められる。

(2) ところで、右掲記各証拠によれば、原告勇、同文子は、夫婦共に社交ダンス教師の資格を持ち、昭和三六年頃よりビルの一室を借りて社交ダンス教室を経営し、通常、午後零時頃より午後一〇時半頃まで、原告文子において出産等のために出勤できなかつた場合を除いて、夫婦共にほとんど毎日出勤し、その間家庭を離れていたため、従前より原告文子の母親である訴外中村カヅエに依頼して、子守りその他家事の手伝いをしてもらつていたこと、そして同人に対し夕食を供していた外に、毎月金一〇、〇〇〇円程度の手当を支給していたことが、それぞれ認められる。

(3) 右各事実によれば、原告比登美および訴外崇の母親である原告文子がダンス教師として毎日午後出勤し家庭を離れていたため、原告勇において、訴外亡中村カヅエ存命中より、常に子守りなどのため家事使用人を雇い入れこれに相当額の手当(給料)を支給する必要があつたところ、訴外亡人が近親者で他に職に就いていなかつたことから、同人に子守りなどを依頼し、同人の好意によつて支給すべき手当(給料)が低額に止つていたものと認められる。

(4) ところで、第三者の好意や恩恵によつて得ていた利益や第三者の行為によつて反射的に得ていた利益に対する侵害は、特にこれに対する侵害を意図したりその程度、方法が悪質なものでない限り、通常は不法行為による損害とはいえないものと解されるところ、本件においては、前記のように訴外亡カヅエの好意による家事手伝いか或は同人の孫に対する愛情の発露により反射的に原告勇が経済的な出捐を減じられ経済的利益を得ていたものにすぎないものであり、且つ、被告においてかかる同原告の利益を失わせる意図で本件事故を惹起させたものと認めるに足る証拠は何もないので、そうならば、原告勇の右のような利益に対する被告の侵害は違法性あるものと評価できず、従つて、原告勇が訴外亡カヅエに代り訴外松見カネを雇傭しこれに給料を支給し又将来支給することが確実であるとしてもこれをもつて同原告の損害をみることはできない。

(三)  同原告は弁護士費用として金一五七、二二五円の支払を求めるが、同原告が被告に支払を求めうる残金額は金四、六〇三円であり、しかもこれは治療費、通院交通費に限られているのであるから、右認容額およびその内容からあえて法律専門家である弁護士に委任して返済を受ける必要性があつたものとは到底考えられないので、右弁護士費用を損害金として認容することはできない。

二、原告文子

(一)  逸失利益 金一七二、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、同原告は前記のとおり夫と共に社交ダンスの教師として稼働していたこと、その収入は控え目に見積つて一日金二、〇〇〇円を下らないこと、同原告の子である原告比登美、訴外崇、の受傷のため看病などを余儀なくされ、事故当日より昭和四三年九月三〇日までの間に合計八六日間就労しえなかつた事実が認められ、これに反する証拠は見当らないので、これによれば、同原告の休業による損害は金一七二、〇〇〇円となる。

(二)  弁護士費用 金二五、〇〇〇円

本件事故と相当因果関係ある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は、本件事案の内容、認容額(後記原告比登美についての認容額も含む)その他一切の事情を考慮して、金二五、〇〇〇円と認めるを相当とする。

(三)  原告比登美の慰藉料

〔証拠略〕によれば、同原告は事故時満二才で本件事故により入院三日間、退院後昭和四三年一〇月二二日まで実通院日数七日の治療を要する頭部外傷Ⅰ型、左足捻挫、左腓骨々折の傷害を受けたことが認められるので、その他諸般の事情を考慮し、慰藉料を金五〇、〇〇〇円と認めるを相当とする。

第三、被告は過失相殺の主張をするが、〔証拠略〕によるも、訴外中村カヅエの本件事故当時の行動につき特に過失相殺すべき不適切な挙動があつたものとは認めがたいので、被告の右主張は採用しない。又被告の損益相殺の主張は、主張自体失当である(原告らは訴外中村カヅエの損害金を請求していない)から、採用しない。

第四、以上によれば、被告は、加害車の運行供用者として、原告勇に対し金四、六〇三円、原告文子に対し金一九七、〇〇〇円、原告比登美に対し金五〇、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年六月一八日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務あること明らかであるから、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直弥)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例